† 初心忘れるなかれ。
保ち続ける中で大切な事は、初めに心のうちで決定したことを、忘れない事である。具体的には多くのことが伴う。例えば結婚にしても、神前の制約もだんだん忘れ去られて行き、遂には互いに、なじり合う仲になる。生まれつきの気質や性格が、誓約を突き破り意味のないものにしてしまうのである。主なる神は、人は「初めの愛」から離れてしまう(黙2・4)ことを、よくご存じである。人間の能力の向上はすさまじく、それはそれで幸いなことである。しかし、精神(心)は、時代と共に向上するようなものではない。全く逆の堕落に向かっている。神を畏れる事もない世界が、一体なにを築けるのか?精神(心)はますます崩壊して行くことが分かっている。私達はキリスト信仰を与えられた者である。罪と死の運命から、十字架の恵みによって救われた。この現実を味わい知ったのである。主は言われた「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう」マタイ16・26) 神への愛とは、この偉大な神への、私の恩義である。神への義理と恩を忘れた信仰は、一体どれ程の価値があるのか?・・・まあ、初めの愛から離れてしまった。と言うべき信仰ではないだろうか?
† 信義を尽くす。
60トンの重機が四本のシャフトで、車体を持ち上げ、3階屋上から空調室外機2器を取り外し、より重たい室外機を屋上に設置した。その重たさに重機を持ち上げていた4ヶ所が凹んでしまった。私は、責任者に「簡易的に埋めて直せば良い」と言った。しかし、驚いたことに駐車場の5分の2位のアサファルトを取り除き、完全舗装作業で修復した。舗装に従事する5人の方々の酷暑での作業への感謝。これ程までに「後を汚さず」空調作業を終えてくれた、責任者の誠実さに正直に驚いてしまった。「信義を尽くす」とは、こういうことだ。私の提案を、都合良く捕らえて、簡易舗装で済まさず、この方は、信念をもち、信義を尽くしたのである。善い仕事をする人は、最後まで怠ることがないのだ。「主も、あなたがたを、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者として、最後まで堅く保ってくださいます」1コリント1・8)
「保ち続けること」(5)


