† 見守られている。 私達の一番嬉しいことは、力強い後ろ盾がある事だ。自力で生きるという生き方を推薦する考えもある。しかし人間らしく生きられるのは、自分の弱さを知り、頼れる後ろ盾に支えられて生きる事だと思う。信仰とは「
「うしろに立つ」(4)
† 不本意が本位になる。 長い人生を通しての感慨ともいうべきもの、それは私の父のことである。父は大正元年生まれで、80歳まで生きた。戦火で東京を焼かれなければ世的には立身出世を果たした人であった。教養もあり知恵もあった
「うしろに立つ」(3)
† 見る世界が変わる。 至極当然のことだが、生きる年輪を重ねることは、体験も認識も増すことになる。特に信仰は人格に伴う霊性である。主を尋ね求める人は「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても
「うしろに立つ」(2)
「うしろに立つ」(2) † なんでもする。 最も気がつく人物は誰か?そんな質問があったときに、それはオーナー(所有者・社長)であると言うのが答だった。不思議なことに、社員や従業員の気付いていない小さなことにも気がつくの
「うしろに立つ」(1)
† 国籍は天にある。 「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます」ピリピ3・20)おそらく最も健全な信仰姿勢が語られている。現代の多く
「保ち続けること」(7)
† 主なる神の意図に生きる。 私達が期待されてきた事は何だろう?生まれてきた環境によって期待されることも違う。例えば「お前は会社を継ぐために」頑張らなければならない。とか、家族のため「立身出世」をしなければならない。と
「保ち続けること」(6)
† 主にある忍耐を持て。 このタイトルは、多くの人の共感を得るものと思われる。忍耐の出来ないままに生きている人が多いからである。人は、心に湧き上がる感情のままに、言葉にし、行動にしたらどうなるか、想像するだけで身の毛が
「保ち続けること」(5)
† 初心忘れるなかれ。 保ち続ける中で大切な事は、初めに心のうちで決定したことを、忘れない事である。具体的には多くのことが伴う。例えば結婚にしても、神前の制約もだんだん忘れ去られて行き、遂には互いに、なじり合う仲になる
「保ち続けること」(4)
† 馴れと油断がある。 私達の生活に必要な事は「何事にも馴れる」ことではないだろうか?馴れない仕事や、馴れない環境には、いち早く馴れたいものである。最近、空調機器の仕事人の皆様に会い、その仕事ぶりを見ると、手なれたもの
「保ち続けること」(3)
† 現状維持する。 これは優しそうで難しい事でもある。現状維持という意味は、良好な状態を続けよ、という事なのである。最たる問題もなく、順調に前進しているならば、である。しかしながらトラブルが起こる。現状のままで良いのか


