「私でしかない」(7) † 十字架に共に死す。 原語に忠実な永井訳では「我はキリストと同(トモ)に十字架につけられたり。されど、我は生く、尚(な)ほ我にあらず、キリスト我にありて生き給ふなり。されどわれ今肉にありて生くる
「私でしかない」(6)
「私でしかない」(6) † クリスマスの私。 主イエスの降誕を迎える。クリスマスは人類のお祝いだが「クリスト・マス(救い主を礼拝する)」ことである。これは儀式ではない。「私の主。私の神」ヨハネ20・28)として、私がひれ
「私でしかない」(5)
「私でしかない」(5) † 主イエスを慕う者。 人には、誰にも知られない秘められた思い出が在るに違いない。唯一のかけがえのない美しい思い出ともいえる。地上に生きる私達は、様々な体験を通して「自分を認識する」赤児の時、まず
「私でしかない」(4)
「私でしかいない」(4) † 私自身を受け入れる。 セネカは「人生の短さについて」の中で、かく言う「おまえがそんなことをしたのは、他者と共にありたかったがゆえではなく、自己と共にあることに耐えられなかったがゆえなのだ」と
クリスマスイベント
クリスマスイベント 可児福音教会では様々なクリスマスのイベントを用意しています。 教会ででクリスマスを楽しみましょう。 クリスマス教会祭り 12/8(日) 10:00~ キッズクリスマス会(小学生向け) 12/8(
「私でしかない」(3)
「私でしかない」(3) † 肯定的な私である。 私でしかない。という内容は、肯定的な私のことである。「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです」マタイ22・14)招待されたのは、主イエスであるが、選ばれるのも主イエ


