† 前進する皮袋。
 私達の中に住まわれるお方は、変わることなき霊なる神である。住まいである私達は、時間の経過と共に変化して行く存在である。「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」2コリント4・16)神の霊を宿すのは内なる人であるので、外なる人の衰えには影響されないのである。御言葉も言うように、外なる人(身体)は衰えるのが自然なのである。教会も、霊的な交わりの集団、信仰と愛に、導かれる内なる人々である。可児福音教会も宣教50周年を迎える。ゼロからの開拓自給伝道から、今日までに、九つの献堂があり、内なる人の交わりも、増し加えられてきている。さて、健全な皮袋は、外なる人も内なる人も、前に向かって前進していることだ。例えば、肉体的な不調(病い)に制約をされる事態になっても、信仰があること。全能の神がおられること。祈りは聞かれると信じることである。ヒゼキヤ王は病気になった時「あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない」Ⅱ列王20・1)と言われたが、ヒゼキヤは必死に祈ったので、神は15年寿命を延ばされた(20・6)私の内なる人は、私の外なる人を執り成す、務めがあるのである。

 † 皮袋の内容変化。
 人間は、自分の思い通りに生きられる事を幸せだと感じる。まず、好きなことをし、好きな人と結ばれたいと思うのである。この思いと願いは、神を知らない人々の強い願望である。クリスチャンになって初めは、主イエスは全て私のための救い主であった。神の愛に満たされ、感謝することが出来る人生が生まれた。この美的信仰が、次の倫理的な信仰に移る。神の御心とは何か?御言葉は何を私に求めているのか?へと導かれる。自分の思い通りの生き方をすることと「私が真理であり、道であり、生命である」ヨハネ14・6)ことと相入れないことに気付くようになる。自分の生き方が是正されるのである。さらに、自分のための、真実な生き方に導かれることが起こる「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです」 1ペテロ5・6)心から神を畏れ、謙遜を生きる者へと換わるのである。皮袋の真の内容となるのだ。

「皮袋と中味」(6)

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