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牧師の想い

牧師の想い - 202006のエントリ

「神が望み世が求める」(3)

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牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2020/6/28 1:10
 † 福音の理解が鍵?   
 教会にあって働きをしていると、考えさせられることがある。それが、福音の性質を変えてしまうような内容である事がある。例えば「最近の教会では悪魔というような事については語らない」「そういう時代ではない」というような言葉が、身近に聞こえてくるのである。要するに人気が無いとか、人々の関心とするところではない。と言うニュアンスが含まれていることも事実である。一方、総じて教会は、新約時代に帰ろう。あの生き生きとした福音の力を回復しょう。と言う訳である。これは主なる神が喜び、大いに望んでおられることである。聖書に帰れば、主イエスが戦われ、使徒達が戦ったのは「この世の神」2コリ4・4)であり「悪魔」ヨハネ8・44)ではなかったか?人間は、アダムの堕落の結果、罪を引き継ぐ罪人である。そして罪人は悪魔の支配の下にある。「私たちは神からの者であり、全世界は悪い者の支配下にあることを知っています」1ヨハネ5・19)私達は、罪人を悲惨の中に握って離さない悪魔との戦いを宣教としている。そのために主に従い悪魔に立ち向かうので、神の望まれる御業が聖霊によって起こされてくるのである。

† 御言葉の現実。
 1986年6月に初めてアメリカに行った。日本人17名でビンヤードの「教会成長セミナー」に参加したのである。ビンヤード教会は当時2週間で100人規模の教会を生みだす急成長をアメリカ全土に展開していた。そのセミナーで驚いたことは、神が望まれる事を実践(デモンストレーション)することであった。ビンヤード・クリスチャン・フェローシップは、既に10年の歩みを続けており創始者のJ・ウインバーはP・ワーグナーと共に、フラー神学校で「しるしと奇跡」という講義を行った。同じように、私達のセミナーでも講義に続いて、神の現実として聖霊の働きを実際に行って見せるのであった。既に、ビンヤードでは信徒の方が訓練を受け、聖霊の働くミニストリーを行っていた。私は心から仰天した。新約聖書の中に現代もある。そのバラダイムシフトが起こった。自分が牧師として最も求めていた体験に招かれたからだ。「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて」1ヨハネ1・1) ハレルヤ! 
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 † 私にはない。
 「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう・・・・」生まれながら足が不自由な男にとって、生きるためには施しを求める以外に方法はなかった。現代も、生きることは、経済問題であり、金銭を求めて生きることが人の求めである。この物乞いの男も金銭の施しを受けることに全てがあった。私達もまた金銭を得ることを通して明日と未来を展望する安心感を与えられる。そのために聖書は「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じる。必要な賃金を得られる道であるからだ。働くことの神聖さは、主なる神がいまも働いておられるように、働くことが神の栄光として求められる。しかし、キリストの弟子ペテロとヨハネは金銭を持っていなかった。ただ、持っているものがあった。神の右に上げられた、イエスから注がれた聖霊である。何かもらえると思った男は、思いもしなかった最も重要な現実をもらった。立ち上がり、躍り上がって歩くことだった。今日の人々も金銭だけではなく、神である聖霊の命を必要としている。教会(私達)も大胆に「私達を見なさい」といい、与えられている聖霊の愛と力を現して行きたいと思う。

 † なんでも出来ない事はない。
 「イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます」 マタイ19・26)イエス様も父なる神を信じる信仰によれば不可能は可能である。と言われ、神のしるしと不思議を実演(デモンストレーション)された。今日の私達はイエスの信仰を同じように信じる立場に置かれている。「神にはどんなことでもできます」という信仰は、そこから興ってくる。「聖書に書いてある」「イエスは言われた」と、いう揺るぎない根拠が私達の信仰を奮い立たせる。神には出来るのであって、私達には、いかほどの根拠もない。ただ、恵みにより憐れみにより信じる信仰があるのみである。自らが空しくなれば「神には出来る」と言う信仰は大きくなる。神様の望みは求める者に与える事である。聖霊様に餓え渇くと聖霊の満たしを与えられる。イエス様も聖霊を受けられて偉大な御業を行われた。私達にとっても聖霊こそが資産であり資源なのだから求めよう。聖霊に満たされる備えと、祈りを続けよう。
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 「神が望み世が求める」(1)

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牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2020/6/14 1:10
 † 世の人が求めるもの。   
 日本における宗教団体は227,000あり、キリスト教会はそのうちの8,000位である。小さな日本だが宗教大国なのである。これは宗教心が高いという表れでもある。一方、現実的には無宗教で生きる人々が多くなっている。西欧の宗教事情については歴史学者が的確な分析を行っている。著しい世俗化傾向にある事、信仰離れが顕著だという事実である。しかしながら希望の火が新しい生命を生みだしていることも事実である。ヨーロッパで最も世俗化の激しいフランスでは1970年の福音派の教会は800だったが、2000年には1800に増殖した。ビンヤード教会を初めとする聖霊の第三の波が、諸教会を刷新し、ワーシップ(礼拝歌)による新しい礼拝形式をもたらした。聖霊による霊的な事柄が若者に関心を起こしているからだ。そして今も成長を続けている。日本でも同じではないかと思う。心的ばかりではなく、本当は神的な体験を求めている。キリストの周りに人々が来たのは、神の御業が見られたことである。人々は神が神である霊的出来事を求めているのだと思う。

 † 主なる神が望まれる。
 「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい」 マルコ16・15)これは信じた者、全てに語られている現在進行形の主なる神の望みである。御言葉は続いて語られる「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます」 17-18)なぜ、この言葉が聖典として残されたか、と言えば現代にその如く神の霊(聖霊)が御業を行われるからである。即ち「信じる者」においてであり、霊的なエリートのみではなく、全て信じる者にある恵みである。私達はキリストを信じ、聖書全般を信じるキリストの身体(肢体)である。聖霊はそのような私達一人一人に臨まれて、神の御業を行われるのである。「御手を伸ばしていやしを行なわせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行なわせてください」使徒4・30)この現代にこそ、このように心一つにして祈る事を、主なる神は望まれているのではないだろうか?主イエスが聖霊をお注ぎになるからだ。(使徒2・33)
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「果てを見る」(7)

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牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2020/6/7 1:00
 † 地上での私。    
 いよいよ3ヶ月ぶりに会堂での礼拝が行われる。キリスト教は集う事が求められる。なぜなら、主なる神の約束は、教会である兄弟姉妹に向かっているからである。神の愛はキリスト教会(兄弟姉妹)に注がれる。兄弟姉妹全ての罪が赦され、愛し合うことが本質である。「私たちは、自分が死からいのちに移ったことを知っています。それは、兄弟を愛しているからです。愛さない者は、死のうちにとどまっているのです」1ヨハネ3・14)個人主義的信仰は聖書にはない。教会に兄弟姉妹が集うことを通して神の愛と命と聖霊に満たされる。その恵みを共有するため一同に集うのだ。だからこそ、主イエスが真ん中におられ、全てを供給される。「また求めるものは何でも神からいただくことができます。なぜなら、私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行なっているからです」1ヨハネ3・22)私達が神の愛をないがしろにし礼拝を軽んじれば、教会は中身のないものとなる。そのための牧師として立っている。地上での私は、神の御心に徹し、アブラハムのように旅人である事。偉大な神の都を喜び待望することだ。

 † 信仰の勝利を見る。
 「神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい」ヘブル13・7)信仰者の結末にこそ、勝利を継承させるものがある。キリスト信仰のゆえの殉教者は、いまも続いている。彼らの揺るぎのないキリストへの信頼が、私達に命と勇気と励ましを与える。しかし、それは受けるだけのためではない。私達も信仰の勝利を証詞する「生活の結末」を求められているのである。神学者ボンヘッファーは、ヒットラーのナチスに捕らえられ1945年4月9日に殉教の死を遂げた。その死刑の直前に残した感動的な言葉が残されている「いざ、来たれ、永遠の自由への途上に繰り広げられる最高のうたげ。・・・・自由よ、われらは訓練と行為と苦難の中にお前を訪ね求めてきた。死に臨みつつ、いま、神の御顔の中に、お前(自由)自身を定かに見る」 信仰の勝利が謳(うた)われている。彼は、ゆがんだ世界を「真っ直ぐにする.」キリスト信仰を実行をした。私達も、置かれた所と立場で、キリストを高く挙げ、聖霊に満たされ勇敢に生きよう。
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