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牧師の想い

牧師の想い - 「変換される歩み」(1)

「変換される歩み」(1)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2021/4/4 1:00
 † 季節に変換される。
 4月に入っても高温の日々が続いている。そのため今年の桜の満開は、記録的な早さである。先週には見られなかったが、山の木々が新芽に満ちて黄緑となり、山桜が映えて見事な美しさである。枯れたような山が、季節の到来によって、生命に変換されたのである。日本には四季があり、自然界は季節によって装いを変える。この大自然と相まって、人間の人生を四季として見つめることも出来る。有名な精神医学者であるポール・トゥルニエは「人生の四季」という有名な著書を書いている。クリスチャンはトゥルニエの本は全部読め、と言われるほどである。ちなみに「結婚の障害」「強い人弱い人」「反抗か服従か」「老いの意味」などの著書がある。生まれてきて、老いに至る私達の人生を四季に見立てて考える事は、東洋も西洋も変わりはない。ただ,魂として生きる私達は,精神的な季節を神の言葉から受け取るのである。ヨハの手紙には「小さい者たち」「若い者たち」「父たち」そして使徒として語る「祖父ヨハネ」がいる。人生の四季に相応する成熟のすばらしさを満たした人生でありたい。

 † 悔い改めの実。
 誰もが携帯電話(スマホ)を所持する時代になった。そこには、フロントエンドプロフェッサー(かな漢字変換システム)が大きな役割を担っている。音声入力を見事に、かな漢字に変換するのには驚く。変換率が良いと言うことは、打ち直しがいならい。このことは霊的に大きな示唆を与える。私達の霊的生活で重要なことは「悔い改め」である。そして、その結果を「実」として結ぶことを求められている。「・・・・悔い改めにふさわしい実を結びなさい」 マタイ3・8)私達は、悔い改めて(自分を変換して) 新しくなり、成長する。しかし、悔い改め(変換した)結果(実)が曖昧であったり、または、全く現されていないならば、聖霊なる神は、その人の中に宿ることを喜ばれないのである。私達の悔い改めは、自分を世と罪から、神の御手の中に変換することである。その事が見える(現れる)事が「実」と言う事である。自分を変えないままでは、明確さが現れない人生を生きることになる。まず、一つを悔い改めて実を結べば、次々と自らを変換し、霊的勝利を生みだして行く事がたやすくなる。
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