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牧師の想い

牧師の想い - 「新しい世界を創る」(7)

「新しい世界を創る」(7)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2021/2/7 1:00
 † 真の世界を。
  人間は、まことの自由を求めている。そこで哲学者は考えたのである。人間は何ものにも干渉されないことによって、真の自由があるはずだ。イヤ、そうでなければならない。と、それで神があり、天地創造などは論外であるとした。そこで大きくなるのは人間の「理性の完全性」であった。人間が評価したのは「理性の進歩」であり、そこに人間のユートピア(理想郷)に達するという楽観主義であった。人間の求める真の自由は、無神論に根ざした理性の進歩であり、科学と技術の発達でもあった。しかし、この人間のエゴイズム(利己中心)は、それに伴うはずの道徳心が育っていなかった。人間は、残虐非道な世界戦争を生みだし、人間自らを破壊した。神の存在を無視する全体主義も同じ道を生みだすものである。聖書に帰る意味は、キリスト教信仰なくして、健全な倫理・道徳が社会に、国に、世界に生まれないという事実である。なによりも聖書によらなければ、人間は未来に対して希望を生みだすことなど出来ない。まず自らを知るため、鳥瞰的(チョウカンテキ)に世界(自分)を見つめよう。 

† 制約の中で創って行く。
 制約を受けたくない。しかしほとんどの人が制約下にある。国のトップの政治家にしても、国内外の様々な制約の中で活路を開こうとしている。キリスト信仰を持つ牧師や信徒リーダーも宣教の壁(霊的な制約)を感じながら活路を開こうとしている。そうでなければ教会は、衰退あるのみである。「濡れ手に粟」といわれる、苦労もなく、手に入れられる、魂の救いなど原則として無い。なにをして創り出して行くのか? すると私自身の問題だと気がつく、向上心を持って能力不足を補うこと。魂の救いへの熱情(危機感)を持つ事。そうでなければ壁を破る(ブレ-クスルー)ことは不可能だ。穴を開けるドリルビット(刃)が強ければ、ステンレスを含むあらゆる物質に対応して穴を開けられる。そういった対応能力を持ちたいのだ。使徒パウロは宣教を「・・・・説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした」1コリ2・4)と言ってる。私達は、それと共に、日本人に適用する考え方、接し方や話し方、親しくなる交際力も、創り出すための重要なドリルとなる。
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