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牧師の想い - 「新しい世界を創る」(6)

「新しい世界を創る」(6)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2021/1/31 1:00
 † 潜在能力がある。
 ポテンシャル(potential)とは、人間の持つ潜在能力のことで、誰にも内在している。私には出来ない、と思い込んでいるが、自分に内在している能力を知らないことが多いのだ。もちろん、全く不向きで通用しない事柄は多々ある。しかし、その人が思いも寄らなかったことが出来る能力を持っているのだ。驚くほどの技能が現れ、作品や効率として見られるようになる。大事なのは、きっかけとなる出会いがあり、機会が与えられることだ。やむなく始めたことが、自分の能力を引き出すことにもなる。人は、未知の事柄を創り出す自分の能力をまだ知らないでいるのである。新しいことや、知らないでいることを生みだすには、挑戦する勇気が求められる。そして失敗しても続ける事である。そうすると隠れていた潜在能力が発揮されてくるようになる。一度、その喜びを体験すると、次のことも出来るようになり、次々と能力は開花する。「というのは、持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです」マタイ13・12)自分の潜在能力を引き出して使うべきである。そうしないと貧しくなる。
 
† 人間を創る。
 これは人間を教育すると言う事でもある。しかし、人間を建て上げるとも言われる。主なる神は人間を造られたばかりでなく、堕落した人間を再創造される。これこそが「人間を創る」と言うことの意味である。出エジプトを果たしたイスラエルは、火の柱、雲の柱に導かれてカナンの地を目指す。しかし、すぐに「金の小牛」を神とし、忌み嫌うべき戯れに昂(コウ)じた。主なる神は憤られ「私はあなたがたのうちにあっては上らない・・・・私が途中であなたがたを絶ち滅ぼす様なことがあるといけないから」出エ33・3)といわれた。いかに人間を建て直すことが困難極まりないかを語られている。人とは「うなじのこわい」そして「悪に染まった心」の持ち主なのである。このような私達を、主なる神は新しく創り直す驚くべき手だてを実行された。主なる神ご自身が、人となり自ら、私達の代わりに罪の刑罰を受けられたのだ。即ち、無条件の愛があり、愛の犠牲的行為が人を建て上げるのである。その愛に創られよと、聖書は招くのである。
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