トップ  > 牧師の想い牧師の想い > 「流れの初めと途上」(4)

牧師の想い

牧師の想い - 「流れの初めと途上」(4)

「流れの初めと途上」(4)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2020/8/23 8:50
† 濁りがないこと。
 先日、ある牧師さんが鮎釣りの現場を動画で配信されていた。ご自身が友釣りをされるベテランだ。私も中学生時代から鮎の友釣りをしていた。当時は友釣りの解禁日は村を挙げてのお祭り行事のようで、川は明け方から釣り人で一杯になった。思い出すことは川は輝いていたことである。要するに透明度が高く清流であった。しかし近年山間部であるにも関わらず、川のかたちは同じでも、キラキラする輝きがない。友人によると家庭洗剤や農薬(燐)によって汚染されているという。川底が汚れ光らないのである。直ぐ近くを流れる木曽川だか、流れは変わらないけど川底は光らない、同じ現象で、今は誰一人友釣りをしている人がいない。人間があるがままを生きる事で、起こってくることは「汚辱」を生みだすことである。主イエスとの鮮烈な出会いも、しばらくすると忘れ去ってしまう。密室の祈りを失い、安易なデボーションで良しとする。これらが、濁りを発生させるのだろう。主イエスから目を離さず(ヘブル12・2)キラキラと輝く生命の水の中で、神の子どもで在り続けよう。

† 途上はメンテナンスが要る。
  新しい機械装置が導入されると、高品質の製品が効率良く産出される。まさに新品にまさるものはない。日本製の工作機械は世界でも評価が高い。品質が良く、壊れにくい事が挙げられる。もっと身近では、便利なアイデアに満ちた工具が色々と紹介されているのを見る。問題は機能を支える品質が確かか?と言うことだ。先日も購入したばかりだという機器が動かないという。それで電気系統を点検、変圧器からモーターに繋がる部分で接続の不十分がわかった。新しくても安易な設計がされているためである。このようにメンテナンスで解決できれば幸いである。子供の自転車では大、中、小と多々あり、ほとんど他の家庭からの中古車だ。しかし、メンテナンスを施せば、自転車は新品同様に走り、遜色はない。新品の時期は短い、あとは絶えずメンテナンスによって初めの機能を取り戻すことである。・・・・教会の交わり、信仰生活、証詞と伝道も放っておけば、錆がつきがたがくる。聖書的で霊的なメンテナンスを怠らなければ、主の交わりの教会は、健全さを持続して行けるのである。
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (171)

トラックバック

トラックバックpingアドレス https://www.fvc-kani.jp/modules/omoi/tb.php/723
牧師の想いカレンダー
« « 2020 9月 » »
30 31 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 1 2 3
Login

ユーザー名:


パスワード:




SSL
パスワード紛失 |


top