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牧師の想い

牧師の想い - 「直向(ひたむき)」(3)

「直向(ひたむき)」(3)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2020/3/22 1:00
 † 見えない物を畏れる。   
 ウイルスは目に見えない、だから恐ろしい。感染経路が分からないから更に恐ろしくなっている。世界は見えない物によって制せられるのではないか? それが疫病(ウイルス)と放射能(原子爆弾)かも知れない。聖書はいう「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい」 マタイ10・28)世界中が見えない脅威である新型コロナウイルスにおびえているが、この機会に私達クリスチャンは改めて、見えないお方である主なる神の恐ろしさを覚えたい。すると、こうなる。「肉体を滅ぼすコロナウイルスなど恐れるな。魂も身体も地獄で滅ぼされる事実と、それを行われるまことの神を恐れよ」と。コロナウイルスに対して安易になる事ではない。最善の緊張感が日々に必要である。ただ、それ以上に、私達はキリスト者として日々に神を畏れ、礼拝し、栄光の主イエスをほめたたえて、御言葉に聞き従う者でありたいのだ。そして世界の人々のために祈りをささげたい。

 † 猛威に対して。
 新型コロナウイルスの世界的な大流行(パンデミック)は、なお猛威をふるい続ける様相である。何を差し置いても対応する薬がないのだから危機感が増す。ドイツのメルケル首相が言うように、第二次世界大戦依頼の世界的な協調が見られている。医療機関だけが関わるのではなく、世界の国を挙げて、一人一人の単位でウイルスに向き合い:ひた向きに対処している。世界は行き来して一つとなっていたが、今や行き来は遮断され「一つの命」を守る事に世界が全力を挙げている。やはり徹底して、ウイルスの感染を防ぐことが最優先されるべきなのだ。高齢者が体力、免疫力が低いので多くが犠牲者となっている。私もその一人なのだから、人々との接触には注意が必要である。私達の周りでは、しばらくの我慢をしてきたがウイルスの危機が身近にないことから、緊張を緩めつつあるように思う。もし、ひた向きに守るべき事をやめた時、ウイルスが入ってきたら取り返しが付かないことになる。しかし教会はしびれを切らして、礼拝を再開する可能性は否定できない。何を再開の根拠とするか?
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