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牧師の想い

牧師の想い - 「直向(ひたむき)」(1)

「直向(ひたむき)」(1)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2020/3/8 1:30
 † 定まった心。   
 ひたむき、とは「真正面に向かう。まっすぐに向く。直面する。じかに向きあう」との意味だ。一回限りの人生に、大事な事はなにか?私は何かに心を定める生き方ではないかと思う。「神よ、わたしの心は定まりました。わたしの心は定まりました。わたしは歌い、かつほめたたえます」詩57・7口語訳)まず、日本人は頼るべき神を尋ねて「あなたこそまことの神」と定めることが何よりも先決である。既にキリストを救い主としているならば、それだけで満足していては足りない。ダビデを見ればわかるように、特別に王となる油注ぎを受け、神を知っていた。けれども、神をもっと確実として「心を定めた」のである。これからの人生を主なる神に委ねて,ひたむきに生きる事を意味している。私達はどうだろうか?主なる神と真っ正面に向き合い、真理の啓示を与えられているだろうか?まず第一は、自分のために主イエスの御顔の光りに浴する必要がある。私達がダビデのようであるなら、多くの人を神に富ませる事が出来るだろう。

 † 素晴らしい証人。
 人生には季節があると、P・トゥルニエは「人生の四季」に宣べている。人がどの様な四季を生きるかは決められてはいない。樹木希林(俳優)さんの名言によれば「全ては成り行き」ともなる。導きとか、導かれるという聖書の言葉は、成り行きを含んでいる。しかし、最も大きく影響される出来事は、人との出会いである。同じキリストを信じる者でありながら、その人と出会ったがゆえに、魂の角度が上に向けられ、人生が一変して行く事が起こるのである。自分には見えていない自分が、友には見えている。そして、その友は私の可能性を予告(預言)して歩み出せという。まことに彼は私の人生を変えた恩人だと感謝している。出会いとは著書の中にもいる。また著者の思想や生き様がかけがえのない出会いでもある。私の四季は聖書とキリスト教世界に生きる数え切れない素晴らしい証人に育まれている。「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのです・・・・」ヘブル12・1 ハレルヤ!
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