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牧師の想い

牧師の想い - 「繰り返し繰り返す」(7)

「繰り返し繰り返す」(7)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2019/10/6 1:10
† 生きる事は繰り返し。   
 朝ドラと言われるシリーズがある。新しく始まったドラマもそうだが、必ず子供時代が描かれるように思う。人生ドラマに子供時代が重要だと理解するが、もっと別な意味があると気がつく。子供時代が、その人の人生のあらゆる瞬間に、繰り返し思い起こされているということである。立派に成長した大人を非の打ち所のない人として見やすい。しかし、その人の人となりは幼少期、子供時代の体験に大きく依存している。言葉を代えて言うならば、幼少期、子供時代を抹消した大人はいないのである。私達の精神の成長は、子供時代のトラウマ(否定的影響)を克服して行く事に置かれたり、現実の不遇な環境と困難を、幼年期、子供時代に受けた健全な体験から克服して行く事に置かれるのである。私達の人生には常に子供時代が繰り返されているのである。生ける神を信じる私達の信仰は「神の愛」神の生命である。それは、過去に遡(さかのぼ)り、幼年期の傷(トラウマ)を癒やし、少年期の傷(痛み・悲しみ)を、主イエスの血潮で清められて回復する。これを繰り返し過去の自分を神に健全にされる事によって、成長する大人になるのである。

† 繰り返せる感謝。
 人間は職場に何十年も勤め上げて退職する。何という繰り返しであろう。繰り返していることによって人間は成り立っているわけだ。毎日朝を迎え、毎日夜を迎えるが、この繰り返しこそ神の恵みである。私達は同じ事を繰り返し生活の糧を得ているし、それぞれの家庭の独自性において同じ事が繰り返されているのではないか。 「・・・・天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです」 マタイ5・45)私達のために主なる神も繰り返すことを止められない。生命の源である太陽を、恵みをもたらす雨を下さる。そして、最大の恵みは神の御言葉を聴く繰り返しである。礼拝は、御言葉の解き明かし(説教)を聴く事によって聖霊を受ける場なのである。主なる神は旧約の時代から「聞け」と言われ、新約においても「聞くように聴け」と言われる。その事によって聖霊体験が繰り返されてゆくからである。私達は礼拝を繰り返して、聖霊を受け続て、神の栄光を現せるのである。
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