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牧師の想い

牧師の想い - 「こだわりを持つ」(6)

「こだわりを持つ」(6)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2019/1/27 1:00
† どっちの生命か。
  方向を訪ねるとき、あっちかこっちかと言う事がある。あっちに行く道があり、こっちにも行く道がある。信仰を与えられた若い頃は、いかにこの世を生きるべきかのために信仰が向いていた。こちら側(此岸)の生命のために信仰が考えられていた。この立場の信仰は具体的実際的であるが、どうしても聖書の本筋とちぐはぐになるのである。あちら側(彼岸)の生命にそれほどの関心がない信仰生活を送りがちになる。こだわりたいことは何かというならば、神の国の中に生きていると言うことである。神の国はこの地上に来ており、神の国はキリストの生命で成り立っている。私がキリストと共に十字架に死んでいる以上私の存在は神の国の中で生きている。この世に生きるだけの信仰ではなく、此岸も彼岸も境目のない神の生命の中に生きるのである。キリストの使徒達はそういう生き方をしていたのではないかと思う。

† バックアップする。
  最近のパソコンではOS(オペレーションシステム)の更新が盛んに行われる。その時にトラブルが発生しどんな回復の手段も受け付けない事態が起こる。その時にバックアップが取ってあれば元に戻すことが出来る。さて、人生をバックアップしておくことができるだろうか?思い付くのは記録を残す事は出来る。しかし、何十年前の命を再現するというバックアップは出来ない話である。しかし放蕩息子のようにかつての潤った家族の生活を思い起こし立ち返るという事は出来る。人間だけに赦されている特権ではないかと思う。私達はここまで生きてきた、良いこともあり悪い事柄も多いが大切な歩みである。これからの人生のためにしっかりと記憶のバックアップをしておきたい。これがしっかりとされていたら放蕩息子(ルカ15章)のように「我に返る」事が出来るである。思い返すことが出来るのだ。バックアップされた人生は自分にとっても隣人にとっても宝なのである。
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