トップ  > 牧師の想い20171008のエントリ

牧師の想い

牧師の想い - 20171008のエントリ

「成長する人の痛み」(1)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2017/10/8 1:00
 † 蛇の聡さと鳩の素直さ。
   「いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい」マタイ10・16)私達は教会の中では平安に守られている。あるいは信仰が機能しているところでは神の国があり安全である。それがないところ、職場や学校や地域、あるいは家庭であるならば蛇のように聡く、鳩のような素直さがいると言われているようである。狼の中というのは神を神と認めない人々の中に送られている事であったり、悪を悪と思わないような人々もいる中に送られていると言うことだ。先日も見事にハッカーに操られクレジットカードを悪用された。Appleそのもののホームだったが詐欺の手口だった。カード会社が気付いて実質的な損害にはならなかったが5万円を引き出されていた。その驚きは痛みをもたらしたが、蛇の賢さで防御する術を学んだ。このような金銭の問題だけではなく、今の時代ほど人間は滅びやすい環境におかれている。科学技術の進歩が人間を幸せにするかのごとく大手を振り、錯覚の世界へ導いている。この世を楽しみ横臥(オウガ)する事を第一に求めると、待ち構える狼の餌食になる。

 †  痛みは成長の糧となる。
   「艱難汝を玉とす」の言葉のごとく、多くの困難(痛み)を通して立派な人格になる。そういう人は賢い成功者に成長する。聖書のすばらしい事は、神は全能者で助け主であるのに、ご自分の選んだ民(イスラエル)や先祖アブラハムやイサク,ヤコブに患難の中、試練の中を通らせる。ダビデなどを見ると「神に愛された人」と言われているのに、ありとあらゆる患難が降りかかっている。まさにライオンが生まれたばかりの子を谷底に落とすように、与えている自力を用いよと言わんばかりである。勘違いしていけないことは、神は患難試練の時、痛みに苦しむ時に「私を呼べ。そうすれば私はあなたに答え、あなたの知らない、理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう」エレミヤ33・3)と、待ち構えておられるのである。実に、これが現今に生きる私達への慰めであり、励ましである。多くの聖徒が、今や「主の御名を呼ぶ」ことをしなくなった。患難を回避し、痛みを回避して、神に向かうべき時を持たないのだ。主なる神の期待する「玉」となる成長はあるのだろうか?
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (43)
牧師の想いカレンダー
« « 2017 10月 » »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 1 2 3 4
Login

ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失 |


top