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牧師の想い

牧師の想い - 20070513のエントリ

信頼し信じる(6)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2007/5/13 10:20
†  立っている所に従う。
 ゴールデンウイークの恵みがいろいろな場所で分かち合われている。金曜の祈祷会でも一人一人が与えられた恵みを証詞しをし,主に栄光を帰した。一人一人は信仰歴も違うし,通ってきた道も違う,同じ信仰なのだけれど「立っているところ」は誰も同じではない。主はそれを喜び,受け入れてくださる。信仰に歩んでいる現実の自分こそ「己」である。 それで「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」1コリ10・12と言われている。・・・・・私達は,日進月歩を続けるものである。主の恵みが朝ごとに新たである(詩59・16) 御言葉が開かれて,真理の喜びがつきる事がない。新しい事は真理が開かれて起こってくるのである。真理も理論も同じように行動されて真実となる。私達は具体的な生活をしているものであるから「聖霊は思いの外に現れる事を求めておられる」聖霊に感じて,善を行い,主の慈しみ深さを行動する。受けた恵みに立って動きなさい。聖霊様はそう言うあなたである事を,期待し信頼しておられるのである。

†  奥深い声。
 言葉にならない時に「うめく」・・・・・私達の生活は,多くのうめきに直面する。明るさの中に生きていても「呻き」を逃れて生きるすべはないと思われる。信仰の偉大な使徒であるパウロも「私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています」ロマ8・22)と言っている。それだからこそ助け主である聖霊様は「・・・・・言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます」8・26)祈れないでいる私達の呻きを,さらに深い(霊からの)呻きに変えて,主なる神さまに繋がってくださり結果を出される。悪人は,さらなる悪のために呻いている。しかし私達は真理のために,義のために呻く,一方では悪魔が動き,こちらでは聖霊様が動く,主にあるが故に呻きを多いならば敵に勝つ,しかし呻く事をやめて,安易に生きる賢さを,クリスチャンが選べば聖霊なる助け主は,ほとんど重要な働きを私達を通してはできないのである。主はあなたが義にたち,自分のため,罪と悪の世のために「うめく」事ができる者として,あなたを立てて信頼しておられるのである。
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