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牧師の想い - 「神の国を生きる」(5)

「神の国を生きる」(5)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2018/7/8 1:00
† 豹の斑点。
   「クシュ人がその皮膚を、ひょうがその斑点を、変えることができようか」エレミヤ13・23) もし、できれば、悪行に慣れた人間でも、善を行うことができるだろう。豹は豹の習性を生きるように、私達クリスチャンにも、神が植え付ける習性がある。それは良い業・善い生活である。聖霊と力が私達のうちに創り出される幸いな生活「神の国」である。キリストを受け入れた人々に新しい習性を創りだし、持たせて下さるのは聖霊なる神である。人間の強い信仰によると言わない。聖書では、全てを完成させるのは神のお働きである。私達に聖霊が臨まれて力を受け、私達は誰もが「主イエスは救い主である」と証言し、生活をする者になる。私達に大切なことは「私がそうしたのではなく」主なる神が私を選んで、そうされるのである。良い業と善い生活の増大のために必要な事はただ一つ「信仰の創始者であり完成車であるイエスから目を話さない」ヘブル12・2)ことのみである。主イエスから目が離れると、祝福の神の国を見失ってしまうのだ。

† 相手がわかる事。
  絶対に勝てる相手ではないと言われていたコロンビアに、日本のサッカーは勝った。徹底的に敵の長所と短所を調べ上げ、対策(作戦)を練られたからだと思う。私達の教会もクリスチャン生活も同じことである。例えば「生あるものは死す」という日本人のみならず世界中の人が感覚的に受け入れている言葉だが、大きな間違いである。これは敵の言葉である。サタンは知っているのだ。「罪の支払う報酬は死である」ロマ6・23) 死は生ある者の自然ではない。不自然な罪の報酬(審きと刑罰)地獄である。このように人を騙し、世を操る敵(サタン)を調べて知るならば、サタンの策略を破って私達の良い業の働きを広めて行く事が出来る。ただ、言える事は敵であるサタンは、年を経た蛇であり、私達の抱える弱点を知り尽くしている。このままでは太刀打ちできない。しかし、主イエスを王として崇め、主なる神の戒めに従うなら、巨大な敵に勝ち得るのである。
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