トップ  > 牧師の想い牧師の想い > 「神の国を生きる」(3)

牧師の想い

牧師の想い - 「神の国を生きる」(3)

「神の国を生きる」(3)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2018/6/24 1:00
† 鳥瞰(チョウカン)的生き方。
  「鳥が上空から見下ろして見るように」全体を見渡す。こういう生き方が「神の国」を生きると言うことである。今時は人工衛星から、さらに広範囲に、さらに綿密に見ることが可能になっている。その見方で世界の出来事を見、歴史の中に普遍的に働く真理を見極めるなら、慌ただしい情報の波に流されないように生きる事が出来る。ある人々は情報にいち早く反応することが新しい生き方のように考える。しかし聖書は言う「昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない」伝道者の書1・2)だからこそ、人生を揺るぎない真実の上に立たせるべきなのである。神の国とは、神が創設された永遠不変の真理に基づいた平和(秩序)であり、神の義と愛が生命の国である。人間(私達)が鳥のようになって高い空から、この世を見るならば、普遍の神の国が世界中に息づいていることが見られるのである。

† 人が変われば日本も変える。
   「塵も積もれば山となる」一人の人間を決して軽んじてはならない。聖書は断言する「人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」マルコ8・36)その尊い一人の人が、神の国を生きる事によって、大きな影響力が流される。ネズミ一組みのカップルによって一年間に1,5000匹に増える。と言うのがねずみ算だが、まさに世界ではクリスチャンがそのように増えているところがある。福音そのもの、聖書の生命そのものを見続け、受け止められるところではリバイバルは起こる。その様なクリスチャンの一人の誕生が日本を変えて行くのである。都会であろうと、地方であろうと関係なく、そこに住むクリスチャンが、主なる神を崇め、心から感謝し、喜んで生きる。そして、全力を尽くして人々のために福音を学び、益々輝いて説得力を持つようになる。すると年月と共に日本は変えられて行く「細石(さざれいし)の巌となりて」神の国はまさに影響力である。 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (295)

トラックバック

トラックバックpingアドレス http://www.fvc-kani.jp/modules/omoi/tb.php/609
牧師の想いカレンダー
« « 2018 10月 » »
30 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 1 2 3
Login

ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失 |


top