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牧師の想い - 「神の国を生きる」(1)

「神の国を生きる」(1)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2018/6/10 1:00
 † 神の国は現実の生活。
   信仰告白と伴に始まっているのが「神の国の生活」である。それは信仰生活であり、教会の会員(肢体・構成員)となることである。信仰の間もない人にとって、神の国や神の国を生きるということについて、理解が及ばないことが多い。しかし、主イエスの救いを受けた直後の人々ほど、生き生きと神の国を体現しておられるのである。主イエスから受けた愛を生き生きと感じて、人を愛そうとする。熱心に聖書を学び、生活に生かす努力をする。受けた救いの感動を友達に証詞しているのである。理想的な神の国を生きているのは意外にも救われて間もない方々なのである。このような生き生きとした信仰生活が神の国を明らかにし、日本のような未信者の国において、神の国がリアリティ(現実性・真実性)として現れるのである。幸いなのは救われた感謝と喜びを失わない生活である。また、多くの試練や誘惑の中でも、十字架のリアリティが魂から取り去られず、主の復活のリアリティが人生から失われない、これが神の国の命であり、原動力となるのである。

 † 光の王国。
   私達ビンヤードの群れは「光りの王国」と「闇の王国」の闘争(凌ぎあい)を、神学のうちに現実として位置づけている。「しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです」マタイ12・18)神の国は主イエスにより暗闇が支配する「この世」に介入してきたというわけである。光りの王国「神の国」は、神の権威を伴って「悪霊どもを追い出している」のであり、その事は「闇の王国」のサタンとその手下(悪霊ども)が敗北している様を明らかにしている。このリアリティが現代の「しるしと不思議の伝道(パワー・エバンジェリズム)」である。主イエスが「神の御霊によって」その著しいしるしと不思議(悪霊の追放)を行われたように、21世紀にも、神の御霊によって「光りの王国(神の国)」が、力強く前進している。まことの福音を宣べ伝えるには、悪魔の実在とその王国「闇の王国」を見据える事である「ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります」 ヤコブ4・7)私達は、光りの国の戦士として、闇の王国に立ち向かうので神の国が建ち行くのである。
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