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牧師の想い

牧師の想い - 「教会イノベーション」(3)

「教会イノベーション」(3)

カテゴリ : 
牧師の想い
執筆 : 
細江 和弥 2018/1/28 1:00
 † 歴史を顧みて生まれる。
   最近の教養的テレビ番組で人気なのは歴史に登場した人物と時代の検証ではないかと思っている。似たような番組が幾つかある事が、それを物語る。現代という視点から、何百年も前の人物が、取り上げた事柄、実行した事柄が、イノベーションとなり大きく歴史を動かした事が浮かび上がってくるのである。生きた教会を持続して行くにも同じ事が言える、プロテスタント500年の歴史を無駄にしてはならない訳だ。現代がものすごい勢いで様変わりしているように伝えられるとき、教会はあわてふためいて揺り動かされてはならない、まず第1に、聖書の揺るぎない真理を堅く握ることである。そのためには聖書学者によって日夜研究が進められ、教会に提供される成果を受け取り、福音の圧倒的真実を共有することだと思う。第2に、教会は昔(使徒時代)に帰ることである。企業ならば、創設者と創業時代の精神を偲ぶことだが、私達は、神の生命が溢れ満ちている使徒時代の信仰の、本質と内容を見るのである。第3に、教会のイノベーションとして、まず、失なわれている信仰の生命力を、歴史から取り戻すことである。ビンヤード教会はこの現代に「しるしと不思議の宣教」をもたらしたが、さらに、これから、使徒時代のように、しるしと不思議の伴う福音宣教を進めて行くべきだと思う。

 † 論理的知性的に考える。
   私達日本人を始めおよそ人間は、信仰を一種の情念(パトス)だと思い込んでいる。また、信仰は「心の問題」として片隅のものとされる。これは大きな間違いであり、キリスト信仰とは相入れないものである。これまでの私の若者伝道で結果があったのは、論理的で知的な説得力によるものであった。私に伴なったしるしや不思議によって、未信者が救われた例はほとんどない。しかし、神の経綸(ケイリン)について、 宇宙の主人(神)が管理人として、私達に関わって下さっている事。その内容である天地創造の神と人間について、主イエスの降臨と十字架についてを知的な物理学や科学に準じて論理的に聖書を説明する。そして私達の存在が罪の中にある事を理解させる。その罪の告白に導くと、多くの若者がキリストを信じた。霊的イノベーションは、聖書を語れる能力ではない。自分自身が論理的、理性的に信仰を受け入れ、そこに生きている事なのである。信仰が論理的・知性的な決断として自分の生活そのものである事が当然求められている。しかし、信仰を一種のパトス(情念)にしている限り、信仰と私の間には、埋まらない隙間があり続けるのである。
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